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ミロスなブログ・・・プラスでもマイナスでもないあるがままの生活を・・・。 目的は自分を知ること。

2008年9月

陰陽論

男と女、戦争と平和、表と裏、現実と仮想、ありとあらゆるものが2つで一つセットになっている。

この話は陰陽論である。でもすべてが陰陽論で終わっている。

陰陽論はあくまでも陰陽論であってそれ以上のものは生まれない。

ミロスはこれを超える話である。机上の空論ではないのである。

体験であり、実践である。

体験しなければ、実践しなければ、陰陽論で終わってしまう。いい話で終わってしまう。

方法論、ノウハウではない。

存在そのものが変容してしまうのです。

輪廻

私たちは3次元に生きています。

でも3次元が何かを漠然としかわかっていません。

縦、横、厚み、がある世界。

でも私たちは五感を使っている限り、3次元そのものを見ることができません。

3次元にいて2次元、あるいは1次元しか見えていないのです。

人間は次元をおとすことによって、 過去にすることによって、しか理解する
ことができません。

これを超える方法、方法というより、実践で3次元がはっきり見えてきます。

つまり3次元が理解できた時、もうすでに4次元にいることになります。

ミロスはこれができます。すでに体験した人がどんどん出ているのです。

考えている限り、思考している限り、輪廻の世界を繰り返すだけです。

言い換えれば、人間は山あり谷ありの輪廻のゲームを繰り返しているともいえます。

もうこの世界を終わらす時期に来たということです。

気づき始めた人がはっきりと増えてきたことを感じます。

あるがまま

あるがままを言葉で説明するのは非常に難しい。

よくたとえるのが紙の裏表です。

そのまま見ると一枚の紙です。

それがあるがままです。

しかし、人間は五感があります。

どうしても片方を裏か表をどちらかを見ます。片方を表とした瞬間裏ができます。

同時に存在します。

そして、いい悪いをジャッジします。エゴです。

悪いことは悪い、良いことは良い、これがジャッジです。

良いも悪いもないんです。あるがままです。

片方を見ると思考が出てきます。

思考は迷います。両方あってあるがままです。

今です。

今の中に過去と未来が同時に存在します。でも過去を見ます。未来を見ます。

でも過去も未来も今です。

過去=今 未来=今です。

過去も未来も幻想です。

時間の流れの中で生活している限り3次元の中に取り込まれます。

過去から未来へ流れる時間があるとすると、未来から過去へ流れる時間もあるんです。

過去を見て不満を持ちます。未来を見て不安を抱きます。でも見ているのはすべて過去です。

時間は空間の広がりです。同時に存在すると全てが今の中に存在します。

過去は過ぎ去ってません。未来はまだ来ていない?いいえすでに来ています。

トリック

類は類を呼ぶ。

よくいう言葉だ。

この次元は反転している。相対が現れる。

同じ考えの人、同じ考えの人、が集まる。確かにそうだ。

しかし自分と考えかたの違う人が来ると、あるいはネガティブな人が来ると違うものだと考える。

プラス思考の人は思わず、説教するか、言っても無駄だと思うと、その人を避けるようになる。

宇宙はプラスがプラスを呼び、マイナスがマイナスを引き寄せるという大きなトリックにはまっている。

プラスマイナスはぴったりくっついてい離れていない。

二つを一つにすることはできない。

もともとひとつなのだから。

一枚の紙は一枚の紙、あるがままである。

表といった瞬間裏ができる。表裏を決めるのは人間である。

決めた瞬間エゴが現れ、相対の世界が現れる。

一枚の紙であることをそのまま認めると相似の世界である。

相対

相対とは何か。

他人を仲介に立てないで、当事者がさしむかいで行うこと。
と辞書で出てくる。

他人を仲介にたてないということが重要になってくる。

当事者とは誰か。その事に直接関係のある人である。

つまり関係性で成り立っている。

関係性を成り立たせているものは何か。

その事、である。

その事というのが私なのである。

本当の私はどこにいるのか、関係性を成り立たせる位置がある。

そこに私が存在するのである。

関係性の中にいると私は理解できない。

離れていなければ本当の私は分からない。

究極は関係性は存在しなかったのである。

言葉にすると難しいが他人は幻想だったのである。

自分と相対しているのである。

神社のご神体の一つは鏡である。

この鏡は自分を教えてくれる。

かがみ・・・。

かの文字とみの文字の間に“が”が挟まれている。

つまり過去と未来の間に私たちは存在している。

そう思って生活している。

この時間的流れの中に縛り付けられているから、今を、
あるがままを生きることはできない。

今、あるがままを生きるのは、これを超えた位置、本当の
自分が存在する位置を見つけなければ見えてきません。

神社に手を合わせに行っているのは、自分自身を拝みに行っているのです。

関係性

この世はすべて関係性で成り立っています。

関係性が浅いうちは非常に楽しいし、幸せを感じます。でも関係性が深くなればなるほど問題が出てきて、逃げたくなってきます。

また戦うことをします。どっちに転んでもバランスの世界に気付かないと繰り返しになります。

関係性が深くなればある世界に入ります。

それがミラーワールドです。鏡の世界です。

鏡があっても人間は見ません。自分だと思いません。

鏡に映った自分は自分だと思いますが、鏡を外したとき、他人になります。

どうしても2元性の世界です。トリックです。

自分の無意識が刺激され、相手の中に自分の醜さが映し出されるのです。

目に見るすべてのもの、感じるものが自分の内側の遺伝子情報がかかれ

ています。

瞑想も内観も催眠も修業も要りません。気づきだけです。

すべてが自分のワールドです。

あなたが消えれば宇宙は消えます。

宇宙の中にあなたがいるのではなく、宇宙があなたです。

今を生きる

今を生きるのはさんざん聞かかされてきた言葉だが、今はこの次元にはありません。

今を精いっぱい生きるといいながら今を否定しているのが私たちです。
少しでも成長したいというのが本音です。

成長しようとすることが悪いんじゃないんです。良いも悪いもないんです。

不足感です。

親から教えられ、学校、社会から、もっと、もっとと教えられてきました。

わかっています。わかっています。もうさんざんそのこともいろんなところで聞いています。

でも、でも、反発します。あるがままを受け取れないです。

人生で一回だけでいいです。信じてみてください。今の自分をみとめください。

今の自分でオッケー。

すると本当の今、が経験できます。これを経験するともう過去には戻れません。

私は経験しました。言葉はいろいろあります。反論もできます。

でもそれはあなたです。あなた以外に存在しません。マイナスがプラスを押し出します。
プラスがマイナスを押し出します。
マイナスとプラスはセットです。

同時に存在します。

マイナスが原動力です。マイナスはいろんな言葉で表されます。
コンプレックス、傷、過去、プラスは、向上心、前向き、積極性、

それをばねにして生きてきた人が成功すると皆感動します。

見ているのは誰ですか。あなたです。

どちらも一方向しか見ていません。プラス、マイナスどちらに傾いてもしんどいです。

根底に恐怖があるからです。この恐怖をベースに人間は生きています。

マイナスを消すとプラスも消えるんです。マイナスもプラスもなかったんです。

両方同時に見る位置を見つけませんか。過去も未来もありません。

現在(今)しかありません。

もうそろそろ比べるのをやめませんか?二元性の世界をあきらめませんか?

カゴメ

夜明けの晩に鶴と亀がすべったのは統合されたという意味。

混ぜ合わさったんです。夜明けの晩、明と暗が・・。

鶴と亀まったっく違うものが実は一緒だった。

つまり、この世は二元性の世界、しかし、見えるものはひとつ、
ひとつしか認識できません。

隠したものが前に現れるんです。

亀の相対は鶴、鶴の相対は亀、見たものと見つめられたものはセット。

後ろの正面だあ〜れ。

目の前に現象として現れたものは実は自分の隠したものだったのです。

他人と思われていたものが自分だったんです。

見えるものと見えないものはセットです。

じゃ、見えないものを見るのはどうするか?

見えてるものをみればいいんです。

頭が混乱しますね〜。(笑)

反転

一郎が107年ぶりに8年連続200本安打を達成しました。

感動しました。感動してない人はごめんなさい。

すごいと感じました。

何故すごいのか、自分がすごくないからです。単純です。

でも考えてみるとすごいという人がいるからすごい人は存在できるんです。

ピカソもすごいと認める人がいるから存在できるんです。

すごいと言っている人がすごいんです。反転しているんです。

表裏の世界にいるとこのことがなかなか理解できません。

表裏一体という言葉は知っていますが、自分が表裏一体の世界にどっぷり
使っていることにまだ気づいていません。

今世間は悪くなってきているよう見えますが、すべて反転してきています。

そろそろ気づき始めているのでしょうか。

過去と記憶

あるがまま、とは自分の使命(氏名)のままを生きるということです。

バラはバラであってユリではありません。

バラはバラのまま、ユリはユリのまま生きるんです。

バラはとげがあっていいんです。とげを取ったらバラではありません。

とげを取ったらはらです。(笑)

ものすごく単純です。単純なことを人間は思考であるがままをみえなくしています。

感じたものはすべて自分です。自分の中にある記憶です。

この記憶をもとに人間は動いています。記憶は過去です。

過去のことならもう悩まなくてもいいんです。

でも悩んでいるんじゃないんです。不満です。過去に不満を持っているんです。

その不満をばねに未来を思っています。でもその未来が不安なんです。

見えないからです。

過去と未来を行き来して全く今を無視してますね。
今の中に過去も未来もあります。同時に存在しています。
今は全く問題なしです。

今を生きましょう。そのままでいいですよ。

独白

「今」「あるがまま」これがなかなか理解できなかった。

過去は過ぎ去っていない???

未来はすでに来ている???

子供のように素直に???素直ってなに?

思考をはずしてください。思考をはずすって???

考えたら悪いの???

ゆっくり、ゆったりと、その感覚がわかってきた。

そのままでいいんや。

外に求めていないようで、すべて外に求めていた。

外は内の反映、言葉ではわかるがこれを本当にわかった時

見る世界は一変してしまう。

言葉にフォーカスすると、関係性によって、反転、反転の繰り返し。

絶対安心の世界もうそこまで来ている。

昨日は妻と子どもと一緒にオーマックという公演に行ってきた。

錯覚

ルビンの盃

私たちは目に映るものが現実だと思っています。
しかし、目に見えないものを見える人もいます。
どちらも、本当です。その人にとっては。

物質と空間に例えると、物質が私と思っていますが、空間が私と思ってもいいわけです。
しかしどちらも幻想です。

両方同時に存在しています。

どちらかにフォーカスして、人間は生きています。

ルビンの盃という絵があります。
白い部分に注目すれば、優勝カップみたいなものが黒をバックに浮き上がり、
逆に、黒い部分に注目すれば、向き合った二人の顔が見えてくる。但し、
両方を同時に見ることはできないんです。

両方同時に見る位置を見つけるのがミロスです。

愛と財

すべてがセットです。

愛ばかりに偏る人は財を無視しています。

財ばかりに頼る人は愛を知りません。

きずくことです。愛と財はセットです。

何をするにもお金はついて回ります。同時に愛も存在します。

健康と病気はセットです。

どちらか一方だけを私たちはほしがります。

欠落感

人間はこの世に誕生するとき男と女に別れてくる。

体内いるときは、男でも女でもない。

もう半分の自分に分かれる瞬間に、恐怖や欠落感が生まれる。

これが人間の思考の根底になっている。

人間の生きている世界は、すべての要素が二つに分かれているバランスの世界。
その中で、思考の根底に欠落感や恐怖があれば、人間自らがバランスを崩しても
仕方がないだろう。

人間は「根源」の記憶を失っている。

もともとひとつであったものが二つに分かれる。

欠落感と恐怖から常にプラスを求めるため、あるがままの自分を認めることはできない。

今がよくなければなおさら、ありのままを認めることはできない。認めることが恐怖になる。

相対が自分だと知って、元に戻る。これが自分を知るプログラム。しかしこれを拒絶することによって自分のプログラムが動かずに一生を終えることになる。

自分自身・・・自らを分けた身体 
自己実現 自らを分けて、自分を知っていくことしか自己実現はあり得ない。

人間の持っている欠落感は、再び一つに戻ることでしか、消えることはない。

優しさ

名言にこんなのがありました。

相手が怪我をしていたらそこを攻めてあげるのが優しさ 柔道家 田村亮子

かつて山下選手がけがをして金メダルがかかった試合で、相手のラシュワン選手が山下選手の怪我した足を攻めずに戦ったことが日本人の共感を呼びました。

この言葉とまったく反対のことをラシュワン選手がやりました。

攻めないことが優しさなのか、攻めることが優しさなのか議論になります。

しかしミロスの位置に立つとどちらも同じ優しさなんです。

名言は人を唸らせます。しかしその反対が常に存在します。

メタ空間

私はあなたを見ていません。

あなたは私を見ていません。

私は私の内側を見ています。

あなたはあなたの内側をみています。

私とあなたを成立させる空間があります。メタ空間システム。

パラダイムシフトが起こります。

これがわかってくると外側には何もないことがわかってきます。

エゴ

すべてが思い通りに運んでます。

良いことも悪いことも思い通りです。

良い時はいいです。悪いときは思い通りと感じません。

どちらの時も今が抜けています。

「今」の私が存在していません。
「今」の私は良いも悪いも存在しません。

存在はエゴがないからです。
エゴで私たちは生きています。

エゴは思考です。その思考が恐怖を呼びます。
恐怖をベースに生きています。

恐怖は「今」の私を否定します。

否定しなければ次へいけないからです。

あるがままを受け入れればエゴは存在できなくなります。

許す

認めてほしい。

わかってほしい。

理解してほしい。

解ってないなあ〜。

傲慢やな〜。

全部自分と向き合っていないことに気付く。

自作自演を続け全部自分を傷つけている。

人間は、DNAの記憶をそのまま演じている。

隠し続けるのも限界があるよ。

もう許してもいいんじゃないか。

頑張ってきた自分、頑張ってない自分、を責めるのも許そう。

他人じゃないよなあ〜。自分を許してなかったな〜。

バランス

成功は失敗を失敗は成功を押し出します。

健康は病気を、病気は健康を押し出します。

戦争は平和を、平和は戦争を押し出します。

すべて裏表は片方が片方を押し出します。

超バランスの世界です。関係性の世界です。

3次元は関係性しかありません。関係性以外は存在しません。

二つに分かれているよう見えます。

セパレーツしたものを一つにしようと努力します。

無理です。 もともとひとつだからです。単純です。

私たちは超バランスの世界で生きています。

私たちはバランスを崩すことを恐れますがバランスを崩さないと動きません。

バランスを取ることに私たちは終始しています。

バランスを崩してバランスを保っているんです。

ミロスを実践

毎日ミロスを実践中。

あるがまま。今を生きる。

ミロスを知ってから、行きつ戻りつ、感覚がつかめてきた。

どんなことでも、自分が意識を向けた方向と反対のエネルギーが存在しています。

五感で感じるものは、すべて二つに分かれます。もうこれは絶対のルールです。

このルールを知るんです。ルールを知って傍観者になるんです。

その時はもう3次元に住んで、2次元しか見ていない自分に気付きます。

私たちは3次元に住んでいるとわかっていますが、2次元しか生きていません。

もっと3次元を知るんです。本当に3次元がわかった時、2次元は幻想だったことがわかります。

それをそのまま受け入れる、受け入れられない場合、受け入れられない自分を受け入れる。

そのことをどんどんやっていくと、違う感覚がよみがえってきます。

何とかしようと、思考が働くとまた、プラスマイナスの世界に入り込んで、しまいます。

外には何もありません。

潜在意識と顕在意識

私たちは自分のことは自分では絶対わかりません。
わかっているつもりでいます。

鏡に自分を映したときは自分の背中は見えません。
背中を見るには合わせ鏡が必要です。
それで初めて背中が見えます。

相手の考えがわかったつもりでいますが、全く分かっていません。
この世は二つで一つです。
相手も二つ、自分も二つ、プラスマイナスが混ぜ合わさっています。
見ているの4/1しか見えていません。
4つの意識が混ぜ合わさって一つです。

自分を知るには相手と握手をしてみるとわかります。
相手の温度がわかりません。相手の温度を知ることによって、じぶんの温度がわかります。
相手が冷たければ自分は相手よりあったかいとわかります。

相手の温度しか感じないようになっています。 これが相対です。

その冷たさは私の後ろに隠したものです。関係性によってその温度は常に変化します。

関係性だけが存在します。
関係性以外存在しません。

相対で自分を確認します。

相対こそが自分です。

あなたが私で、私があなたです。

私たちは意識を知りません。意識は潜在意識、顕在意識があり、潜在意識が私たちを動かしているといいます。

潜在意識だけでも顕在意識だけでも動きません。顕在意識と潜在意識両方があってはじめて動きます。

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