2008年10月
完璧
安心と不安はセットです。
必ず不安が現れます。安心も現れます。
どちらかに傾かないと私たちは生きていけません。
安心の時は不安を隠しているのでわかりません。
不安の時もその不安と同化しているので安心があることを忘れます。
「安心も不安もなかったんだ。同じものだったんだ。」と気づくことでエネルギーが生まれます。
プラスマイナスを合わさないとエネルギーが生まれません。
見たとき、感じた時、受け入れたとき、すべてが2つです。
2元性の中で絶妙のバランスをとっています。
バランスを超えたとき絶対の安心世界に入ります。
言葉に騙されて続けてきました。言葉は記号です。それにプラスマイナスを与えるのは私たちの
エゴです。
エゴは思考から生まれます。
思考はバランスを取るために恐怖を生み出します。
すべてが、感じたときに終わっています。そのことに気付くことです。
私たちは完璧です。
そんなに元気を出さなくてもいいですよ。
そんなに落ち込まなくてもいいですよ。
あるがままの自分を認めましょう。
完璧さをみる新しい私で生きましょう。
内なる結婚
自由を求めれば、必ず束縛がピタッとくっついている。
自由に育てらた子供は一見自由に振舞っているようだが、だんだん成長するにつれ、今度は束縛をもとめるようになる。
束縛という依存を求める。
自由にあこがれるが自由に傾くと変な言い方だが束縛してもらいたくなる。
束縛に傾くと、自由にあこがれる。
いつも2元性の世界を行ったり来たりする。
気づき始めている人が増えている。
もう3次元はあきらめるほかしようがない。
環境問題もすべて外のことである。
外に向けた意識を、ベクトルを自分に向ける時が来た。
外には何もないが、外がないと自分を知ることはできない。
外と内は常にセットで離れられない。
内側の結婚が本当の結婚だと知るときが来た。
制約
過去が現在を創る、というのは、誰かが証明した法則なのでしょうか。
長い間、多くの人がそうと信じて積み重ねてきた伝統のようなものです。
この伝統に私たちは「今」を生きることの制約を課しています。
過去の中に未来があり、未来の中に過去があります。
同時に存在しているなら、過去を未来といってもいいし、未来を過去といってもいいわけです。
未来も過去も変えることができます。
スタートとゴールが一緒なら、今まで時間的流れの中に生きてきた感覚がなくなってきます。
私たちは過去か、未来に生きています。現在を逃しています。
私たちは過去をベースにした未来を創造します。過去です。過去にしか生きていません。
今、今、今、この言葉に騙され続けてきました。
もともとひとつであったことを忘れています。
二つに分かれるものは幻想です。
いくら言っても言いすぎることはないです。
創造
自分の中にあるものしか感じることはできない。
私たちはないものを求める。ないものはない。
あるものしか感じることはできないのである。
自分の中にある情報、DNAの記憶が私たちを動かしています。
何もないときは何も感じない。
体験したい時に、バランスを崩します。
その時がチャンスです。相対に感じたことを自分に向ける。
そして受け入れる。混ぜ合わせる。その時に摩擦が起こり新しいエネルギーが生まれる。
創造が生まれる。
神は光であり、音である。
全く違う新しいものが生まれる。これが創造である。
この肉体が自分であると思っている限り創造は生まれない。
今までの創造は頭で考えた創造であり、それは本当のクリエイティブではない。
分離
この世は鏡の世界。
全部自分が写っている。
間違いない。
しかし、思考を使うと私が右手をあげると左手を上げる。
思考がないときはそんなことは一切考えない。
相対の世界だ。
考えなければ、相手が笑えば笑うし、楽しい。
しかし、思考を使うと、相手は逆を演じてくれる。
もともとひとつのものが、二つに分かれたような気がする。
分離の世界にはまりこんでしまう。
思考を外せばそのままが写る。
私たちは2次元しか生きていないことがよくわかる。
3次元はもっと高次元である。
話はそれるが、関西では相手のことを自分という。
おもしろいな〜。相手は自分と知っているのか。
あるがまま
私の子供は過去と未来という、時間的感覚がありません。
過去のことも未来のことも今起こっているように話します。
今ここにいない友達のことも今いるように話します。
近所の人に○○ちゃん今日は誰かと話してたで〜。
どこで?
いや声だけ聞いたから見てへん。
帰ってから聞くとだれだれさんと話していたという。
また始まったかと思うが、聞くと。
私にはちゃんと見えるんやと言います。
すごい感覚です。
難しく言うと空間認識を身につけています。
今、あるがまま、を生きています。
相対
目の前に現れる相対に感じることは自分が自分に感じていることである。
他人が自分に冷たいと感じることは自分が自分に冷たくしているのである。
自分が自分に冷たい???
そんなことはない。
しかし冷たさを感じるのはどうしても相対を見ないと自分が冷たいことがわからない。
他人という自分を目の前に表して、初めて自分の冷たさを感じるのである。
感じるためには相対が絶対必要である。
このことに、また忘れていたことに気付く。
篤姫とこのままでいい
森田 健という人がこんなことを書いていました。
そのまま載せます。
篤姫は私は見たことがありませんが人気ある番組だそうですね。
ここから転用
NHK大河ドラマ「篤姫」は、視聴率が
良いと聞きます。その理由の一つが「こ
のままでいい」という概念が入っている
からだと思います。
今まで幕末モノというのは、「ニッポン
国のため」というセリフが、常に言われてき
ました。個とか家族とかを超えて、大きな
ものもために働けということです。
これって今の時代でもあると思います。
世の中のために何かしようとか、子供達の
ために良い会社を残そうとか・・・。
自己啓発や精神世界の人も同じようなこと
をいいます。
「あなたの意識が変われば、世の中も
変わる」・・・と。
ですから「このままでいい」なんて言葉は
ほとんど聞かれません。
ところが、NHK大河ドラマ「篤姫」では、この
言葉がズバリ出てくるシーンがありました。
夫である徳川家定が、篤姫にこんなことを
聞きます。
「生まれ変わったら、次は何になりたいか?」
篤姫は答えます。
「私は、今のままでよいです」
今度は篤姫がお殿様に聞きます。
「あなたは?」
「今度は鳥になりたい。鳥になって自由に空
を飛びたい」
家定は身体が弱かったので、この時はそう
答えたのだと思います。
ところが、死期が近づいてきた時、お殿様
は答えを変えます。
「私も私のままでいい。私が私のままだったから
そなたに出会えたのだから・・・。」
篤姫はこれを聞いて涙を流します。
自分も相手も「このままでいい」という状態が
一番うれしいと思います。
ところで、篤姫は薩摩から送り込まれた使者でもあります。
ですから、薩摩に有利になるような政策を徳川家にとらせよう
と篤姫は薩摩の側から色々な圧力をかけられます。
篤姫もそれを実行しようと努力するのですが、なかなか上手く
いきません。
薩摩のお殿様も死期に近づき、篤姫に最後の手紙を送ります。
そこにはこんなことが書いてありました。
「篤姫よ、今まで済まなかった。これから己の信じる道を行け」
篤姫はこれを見た時も泣きます。
「このままでいい」というのは、究極の全肯定だと思います。
ノーベル賞
昨日日本人3人がノーベル賞を取った。
すごいですね。
受賞の内容は
「自発的対称性の破れの発見」。
「CP対称性の破れの起源発見」。
素粒子の世界に存在する「破れ」と呼ばれる非対称性の理論化
何?????*1
「対称性の破れ」とは何か。南部氏はこう説明する。
「大勢の客が丸いテーブルにぎっしり着席している。
各席の前には皿、ナイフ、フォーク、ナプキンが置いてあるが
左右どちらのナプキンが自分に属するかわからぬほど左右対称になっている。
そのとき、だれか一人が右側のナプキンを取り上げれば他の客もそれにならい、とたんに対称性が自発的に破れてしまう」=「クォーク」(講談社)から。
その概念は物質の超電導現象を説明する理論から思いついた。また理論では、物質を構成する素粒子は元来、質量をもたないが、対称性が破れたところに、素粒子の質量の源がある、という考えを明快に示した。
対称性の破れの理論にそって、小林、益川両氏は次のような予測を立て証明した。
宇宙の誕生時には粒子と、その双子のような「反粒子」が一緒に生まれたとされる。
粒子と反粒子が出合うと、光を発して消滅する。ところが、「CP対称性」を認めると、粒子と反粒子は同数で、宇宙誕生時にできたすべての粒子が反粒子と反応して消える。
小林、益川両氏は「クォークが少なくとも6種類あれば、CP対称性の破れは矛盾なく説明できる」と予測した。
この理論では、6種類は質量の軽い方から2種類ずつペアで第1世代、第2世代、第3世代に分かれるとした。
例えば、水素の原子核である陽子は第1世代のアップクォーク2個、ダウンクォーク1個でつくられる。まだクォークが3種類しか見つかっていない時代だった。
破天荒に見える新説は、さほど関心を集めなかった。しかし、5番目のクォークが発見されたころから注目を集めた。
そして6番目のトップクォークも95年に存在が確認された。
小林・益川理論が予言した「破れ方」は大型加速器を使った実験で証明された。
毎日新聞社
今までならさっぱりわからなかったし、興味もなかったが、
ミロスを知ってから俄然興味が出てきた。
破れなかった物質と反物質の対称性が破れて反物質がなくなっていた・・・
もう見えない世界がみえてきた・・・。
反物質がなくなっていたのではなく、見えなかったのである。人類未踏の領域に踏み込んできた・・・・。
理論はなんの役に立つの?人間の根源が素粒子の世界でできているならそれがわかったら・・・・・。
見えない世界が見えるなら・・・・・・。
自発的対称性の破れ
私たちは二者択一の世界で生きている。
私が見ると相手が見る。
私がしゃべると相手も答える。答えなければ聞こえてないか。
無視している。
誰が答えているのか、誰が無視しているのか。
自分が自分で発して、他人という自分が答えてくれたり、
無視したりしてくれている。
すべてが鏡である。
私が鏡で、相手も鏡、鏡同志が反応しているだけである。
陽子と中性子を成立させている中間子が本当の私。
超バランスの世界。
自分の中にある記憶がバランスを崩すことによって、
感じることができる。
バランスを崩さなければ感じないのである。
まさに、ノーベル賞をとった受賞内容の
「自発的対称性の破れ」である。
DNA
私たちはDNAのプログラムを生きています。
DNAは記憶です。縁です。
すべての記憶が私たちの中にあります。
目の前に現れる現象は私たちの記憶です。
記憶によって自分を知っていく作業です。
記憶は自分を知るために存在します。
悲しいかな記憶は片方だけしか見えません。
片方を知って受け入れることによってもう片方を知ることが
私たちの使命です。
使命は氏名です。氏名のまま生きることがあるがままです。
誰かになる必要もなければ、お手本にする人もいりません。
オンリーワンの世界です。
あるがままです。
答え
私たちは答えを求めさまよっている。
しかし、3次元にはもう答えはないことを知っている。
知っていながら、まださまよって探し続ける。
青い鳥は自分の中にあることを知りながら、さまよい続ける。
無意識のまま生きている。
方向性を示す教えはあふれかえっているが、どうすることもできないで生きてきた。
無意識を意識的に生きることができない。。
意識を私たちは勉強するが、意識を理解したとたん
それは意識でなくなる。
どうしたら、意識を理解できるのか。
その、どうしたらをやめない限り、意識は理解できない。
あるがままを受け入れる。もうこれしかない。
そのままで完全なのに、まだまだ欠けている自分を認識して努力を続ける。
そろそろ人間をやめる時期に近づいてきている。
人になることが、神になることなのだ。
混ぜ合わせる
自分を知るには相対が必要です。
自分だけではわかりません。
相手と握手をすると、相手が冷たいか、あったかいどちらかです。
相手の温度しかわかりません。
相手が冷たく感じるのは自分の中に冷たさがあるからです。
相手が冷たいときは自分が暖かいということです。
でもそれは、エゴです。相手より愛があると思っています。
その冷たさは自分が自分にしていることです。
すべてが、自分自身との関係性です。
暖かさと冷たささは表裏一体で離れていません。
離れているように見えているだけです。離さなければ冷たさも温かさもわかりません。
冷たさと温かさを混ぜ合わせることによって、どちらもなかったんだということに気付きます。
頭ではわかりません。頭でわかった時はそれはエゴです。わかったというエゴです。
わかったというとき、わからないものがくっついています。3次元です。
それを超えた時初めて、3次元が理解できます。4次元にいる時です。
完全に3次元を理解できた時、勝手に本当の愛が現れます。
愛はおこすものでもなく、勝手に起こります。
愛は物理的にもあらわすことができます。
あるがまま、それはあなたと私が混ぜ合わさった世界です。
支配
世界を支配するには支配される者がないとできない。
エゴを持っていない人を支配することはできない。
だから、エゴをなくすことは、人間にとってタブーである。
そのタブーを破ることによって、支配者はなくなる。
人間である限り、支配されるものと支配するのもの存在しつづける。





